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2013/02/28

平等。

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ボクの奥さんは外国人なので、日々の会話の中で「あれ?なんか噛み合わないな??」と思うことが多々ある。

そんな時はその単語のニュアンスを確認する作業が必要なのだが、先日は『平等』という単語で噛み合わなかった。

日本人のボク的には、平等とは『みんなで分け与えて同じ状態であること、一緒であること』をイメージしていたのだが、奥さん的には『お互いが違うことを認め合うこと』こそが平等なんだそうな。

例えば、2人の人が仕事をして、一人が1万円、もう一人は3千円しかもらえなかったとする。

そんな話を聞いたら、ボクなら「不公平だ!平等じゃないじゃないか!!」と怒るだろうが、奥さん的には「2人の仕事の内容は?」と、1万円の人と3千円の人との違いを確認するのだ。

で、1万円の人には1万円を貰えるだけの、3千円の人には3千円なりの仕事内容であったのなら、この2人は平等だと言うのだ。

そこで理解したのは、日本人的には平等とは『公平』とイコールなのに対し、奥さん的には平等とは『公正』とイコールなんだと言うこと。

なるほど、これで話が噛み合った。

PHOTO:© Tanusha - Fotolia.com

2013/02/22

体罰といじめ。

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体罰事件と同様にメディアで多く語られるいじめ問題。

もし、先生がいじめを行った生徒をビンタしたら、体罰になるのだろうか?

これは所謂必要悪というもので、他人の痛みが解らない人間には、自らも痛みをもって解らせるしかない。

学校には子供を叱るべき親がいないのだから、親に代わって教師が体罰を与えることは、事情によっては認めるべき。

体罰問題が取りざたされる中で、まともな体罰までをも禁止にしてしまったがために、学校は無法地帯と化し、野放し状態ないじめっ子はどんどん手が付けられなくなってしまい、いじめが昔よりエスカレートしちゃって、結果としていじめを苦にした自殺というものも増えているのではないだろうか?

暴力やいびりは絶対ダメだが、正しい体罰はあるべきであり、先生は必要な時にキチンと正しい体罰をできる能力が問われるべきであって、一律的に体罰禁止の方向へ進んで行くのは、学校崩壊をさらに助長してしまうだけだ。

PHOTO:© takayuki_n82 - Fotolia.com

2013/02/11

加減。

Small_2238624743_2前回、体罰について語ったら、やっぱり多くのご批判を頂いた。

でも、「悪いことしたらぶん殴られるぞ!」ってのは、その子が道を外さないためのひとつの因子として、効果的だと思う。

親子間でも、手やお尻を加減しながら叩くことは、体罰や虐待ではないとボクは思っている。

ただ、今のご時世、親も先生も、その加減具合をわかっていない人が多いから、結果的に体罰や虐待事件が減らないんだと思うのだ。

これ、多分その親や先生自身が正しい体罰を受けてこなかったから、“この程度まではOK”ってのがわからないのではないだろうか?

加減をするってのは難しくて、力加減と心の両方をコントロールしなければ、正しい手加減はできないもの。

なので、ちゃんとした大人でないとできない行為で、そういう意味ではちゃんとした大人が少ないのがそもそもの要因なのかもしれない。

ってか、そう考えると自分自身も本当に正しい大人でいられているのかどうか、自信が無い。

だから、『程度にかかわらず、身体に危害を与える行為は全て体罰である』と定義して、手加減できない大人でもちゃんとした大人でいられるようにするのが、今の世の中では手っ取り早いのかもしれない。

でも、やっぱりそれって、なんかおかしい気がする…。

photo credit: HA! Designs - Artbyheather via photopin cc

2013/02/06

インフルエンザ。

Small_2945724127_3インフルエンザが猛威を奮っておりますが、大丈夫ですか?

ボクは見事にやられました…。

娘が幼稚園でもらってきて、結局家族全員次々とダウン…。

いやぁ~キツかったぁ~。

みさなん、お気を付け下さい。

photo credit: samantha celera via photopin cc

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