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2012/04/28

そうでない場合もある。

Akachan知人に子育てで悩んでる人が居る。

ハタから見れば十分頑張っているのに自己評価が低い。

たまに感情的に怒ってしまうとか、軽く叩いてしまったとかで、えらく落ち込んでいるのだ。

それが日常的なら虐待になるが親だって人間だもん。

ムカッときて感情的になったり、手を出してしまうこともたまにはあるさ。

きっと彼女も、前々回に書いた“完璧主義者”なのであろう。

そんな完璧主義者の人に実践してもらいたいのは、何事も“ベキ論”でまとめず、その後ろに“だがそうでない場合もある”という一文を加えること。

「親は子供にやさしくすべき」ではなく、「親は子供にやさしくすべきだがそうでない場合もある」と。

「子供は親の言うことを聞くべき」ではなく、「子供は親の言うことを聞くべきだがそうでない場合もある」とすれば、心が少し軽くなるでしょ?

これ、別に育児だけじゃなく夫婦間や職場でも応用できる処方。

自分が完ぺき主義者の傾向にあるなぁ~と思う人は、ぜひ心がけて頂きたい。

2012/04/23

集団登校。

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今朝、また集団登校の列に車が突っ込む痛ましい事故が起こった。

こうした事故が起きるたびに、日本の多くの小学校で行われている 「集団登校」 というシステムが、実は危険なのではないかと疑ってしまう。

ちなみに、世界を見回してみると、この「集団登校」というシステムを採用している国は恐ろしく少ない。

ボクが昔住んでいたタイのバンコクでも、集団登校の姿は見たことがない。

お嬢さんお坊ちゃんが通う私立学校ではスクールバスを見かけるが、公立学校の場合は各自がめいめいに学校へ向かっていた。

ただ、子どもは一人きりで登校するわけではなく、たいていの場合保護者が付き添っている。

下校時は子どもだけで下校している場面を見かけることもたまにあるが、これもたいていの場合、迎えに来た保護者に連れられて帰宅する。

手をひかれながら歩く姿も見かけるが、一番多く見かける交通手段は庶民の足、バイク。

まあ、バイクの後ろに乗せるのが安全なのかと言う別の問題はあるが、少なくともバンコクでは、子どもを学校へ送迎するというのは、保護者としての義務になっているようだった。

ちなみに、これはバンコクという大都会だけの話なのかと疑い、ナコンサワン出身のウチの奥さんに田舎の登下校事情についても聞いてみたが基本的には同じで、ただ距離が長い場合は親は最寄りのバス停までの送迎で、路線バスに乗ったら学校前まではバスの車掌さん、バスを降りたら学校が責任を持ってくれるんだそうな。

なので、ウチの奥さんも「集団登校」にはとても不安なようで、幼稚園児のウチの子どもが小学校に入学したら、自分で送り迎えをしたいと本気で言っている…。

それはそれで、周囲との和を乱すようでイヤなのだが、確かに不安ではある。

ところでタイでは保護者が両親である必要はなく、祖父母や親戚で誰かしら一人くらいは時間的に余裕のある人がいるもんなので、その人が担うことが多い。

両親も仕事中にちょこっと抜け出して子どもを迎えに行ったりする場合もあり、その場合はそのあと子どもをオフィスに連れて来て、退出時刻まで子どもがオフィスの一角で宿題をやってたりする姿を見かけることもあるが、誰もそのことを咎めることはなく、当然のことと思ってくれるのだ。

まあ、これはタイという“イイ塩梅な文化”が根付いている国だからできることで、核家族化は進んでるし、子どもの具合が悪くても会社を休みづらい日本の社会では難しいのかもしれないが、だからと言って安易に「集団登校」が“ベストではないけどベターだ”とも思えないんだよなぁ~。

2012/04/05

完璧主義。

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完璧主義な人って、完璧を求めるあまり、完璧にできていない自分にひどく落ち込むことが多いように思う。

ボクのようなイイ塩梅な人だったら『相当イケてるじゃん!』と自画自賛しちゃうような領域でも、完璧主義の人は満足せず、ダメなところを見てはため息をつく…。

なんともカワイソウと言うか何と言うか…。

98点で落ち込む出木杉くんと、30点で喜ぶのび太。

どっちがイイ悪いではなく、心の平穏という意味ではのび太の方が絶対ハッピーでしょ?

完璧主義の人が悪いと言うわけではなく、マジメで信念に向かって努力する素晴らしい性格だと思うのだが、世の中ってそんなにうまく行くことばかりじゃないから、もう少しのび太を見習ってもイイんじゃないかな?

PHOTO:© カシス - Fotolia.com

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