« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010/08/30

タイ検定で学んだこと。

3383e21c8月ということで戦争絡みのネタをもう一つだけ・・・。

昨日、タイ検定という試験を受けてきた。

タイの歴史や文化についての知識を問われる試験で、テストの結果はどうだかわからないが、まあイイ勉強にはなった。

特に興味深かったのが、日本の明治維新から第二次大戦頃までのタイの歴史。

その頃、タイと日本は同じような歴史を辿っていたのだ。

西側のビルマがイギリス、東側のラオス、カンボジア、ベトナムがフランスの支配下になり、英仏に挟まれるカタチになったタイは、チュラローンコーン王のもとで近代化を図り、両国が無闇に手を出せない状態をつくりあげ、両国の緩衝地帯になるカタチで独立を保った。

一方、日本は北からロシア、南から米英が触手を伸ばし、各国がにらみ合った地域であり、日本は独立を保つために富国強兵策を急いだ。

その後、両国とも第一次大戦に連合国側で参戦して戦勝国となり、列強と肩を並べるまでに成長し、アジアではこの2国だけが植民地化を逃れることができたのだ。

第二次大戦でも、今度は両国はともに枢軸国側で参戦したのだが、ここでタイは上手く立ち回って敗戦国の烙印から逃れたのがなんとも匠だが、あの時代、植民地支配から逃れて自主独立を保つには、やっぱりこの方向性しかなかったことが証明される。

まあ、第二次大戦の日本はイケイケ過ぎて自滅した感も強く、一方のタイは自国の能力や周囲の状態をきっちり把握した上で、キチンと逃げ道もつくってあった辺りが一枚上手だったのだが・・・。

2010/08/16

間違ってると指摘する人が間違っていることも。

0607s2_2やっぱり思い込みは恐ろしい。

間違っていても本人は全くそれを疑っていないのだから始末に悪い。

ましてやそれが、学校で教わったことだとしたら、それは本人にとって疑う余地など全くない。

教育っていろんな意味で大切だなぁ~。

昨夜のNHKを観て、ふと思った。

2010/08/09

おばあさんが話してくれたこと。

Budaウチの奥さんの
おばあさんが亡くなった。

ボクの結婚直後はまだ元気で、あれこれ喋ってくれてたのだが、その後どんどん衰えてゆき、ついに先日亡くなってしまった。

で、葬儀に参列しながら、おばあさんが話してくれた内容を思い出していたのだが、そんな話の中にこんなのがあった。

ウチの奥さんの実家はタイのナコンサワン。

ナコンサワンには戦時中、タイの同盟国であった日本軍が駐屯していて、結構大きな基地だったそうな。

当時、小学生位だったおばあさん。

屋台で物売りをしていたひいおばあさん(まだ元気に存命中)のお手伝いをしているとたまに日本人将校が来るそうで、その将校さんたちがカッコ良くて、しかもおつりをチップでくれたりと、相当な紳士だったんだそうな。

他にも、基地内で夏祭りのような催し物があって楽しかったとか、基地から前線へ進軍する兵列を見送ったとか、戦時中の日本軍の話を幾つか聞かされた。

どうやら、少なくともウチの奥さんの家族にとって、当時のナコンサワンの日本軍は好印象なようだ。

前線じゃないし、賑わっている街なので日本兵にも心の余裕があったからなのかもしれないが、日本軍と現地の人たちとは概ねイイ関係が築かれていたようだ。

日本兵と聞くと全てが鬼畜のように思われがちだけど、僕らのじいちゃんやひいじいちゃん達全員がそんなだったとは到底思えない。

確かに一部にはそういった野蛮な人もいたんだろうし、前線では食糧難で略奪等があったのも事実なんだろうけど、それでなくても“誇りある軍人”として教育されてきた人たちが、そう易々と蛮行に出るとは思えないのだ。

ナコンサワンがたまたまなのかもしれないし、おばあさんやひいおばあさんのリップサービスが混ざっていて、事実より良く語っている面があるのかもしれないが、それは蛮行を証言する側にもあること。

ましてや、メディアがそのようなネタを欲しがっていたら、事実以上に脚色しちゃうサービス精神旺盛な人だっていたと思う。

今回、また一人、あの当時を知る生き証人がこの世を去ってしまった。

おばあさんのご冥福をお祈りします。

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »