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2007/10/31

君主に説くことの難しさ。

Kunnshu韓非子がしみじみと身に沁みると書いたが、そんな身に沁みたことのひとつに、君主に説くことの難しさというのがある。

これ、君主を説得することの難しさは、その内容を自分で理解することでも、明確に伝えるための弁舌が難しいのでもなく、説得しようとする相手の気持ちを読み取り、自分の説をそれに合わせることができるかにあるというものなのだが、もうホントに『うんうん、そうそう、そうなんだよねぇ( TДT)』 って感じである。

正しいことを正しいからと言って押し通してもダメだし、ダメなことだってやりようでは通ることだってある。

要は相手が何を求めているのかを理解し、その求めているものに合うように形を変えながらも、こちらの主張の筋は曲げないやり方があるということなのだ。

形にこだわって目的を達成できないより、形に囚われず最終的な目的の達成に主眼を置くべきだということだろう。

どうしても形にこだわったり、変なプライドに固執してしまいがちなので肝に銘じなくては・・・。

2007/10/22

欲すること。

Kenbisi最近、韓非子を読み返している。

いや、正確に言うと、学生時代に買ったけど『つまんない』と思ってほとんど読まなかったものを、今になってはじめてまともに読んでいる。

やっぱり本はただ読むだけではダメで、その本が伝えようとしていること、教えようとしていることについて、身をもって欲しない限り、無用なものなのだ。

どんなに他の人が『この本はいい本だぞ!』と言っても、その人にとっては必要じゃない情報なのだから、まともに読むはずなどないのだ。

どんなにおいしい料理だって満腹の時には要らないし、ぐっすり眠った後に睡眠時間を与えられたって余計なお世話になるように、何事も欲してこそ身になるものなのだ。

なので、部下や恋人など誰かに何かをやってほしいときには、「これをやれ!」と言ったところでやりやしない。

やりたくなるように仕向けることが大切なのだ。

そう言えば、学生時代にボクに韓非子を薦めたのってウチの社長だった気が・・・。

ってことは、今になって韓非子に書かれていることがしみじみと身に沁みるようになったのは、ウチの社長にまんまと仕向けられたのだろうか??

2007/10/19

夢を語る。

Image人は大人になればなるほど、夢を人前で語ることを躊躇してしまう。

でも、本当にその夢を実現したいのならば、その夢は語り続けなければいけない。

特に、組織のトップに立つ者にとっては何よりこれが大切で、これが明確に示されることによって、組織のビジョンは共有されるのである。

ただし、上から押し付けるのではなく、組織を構成するメンバー一人ずつと真摯に向かい合い、理解させ、納得させ、共鳴させることが大切で、そうすれば最初は『ぷっ(  ゚,_ゝ゚)』と笑われちゃうような壮大な夢物語でも、いつしか組織全体に浸透し、それが組織のエネルギーへと変わってゆくものなのだろう。

ボクには“カリスマ性”が乏しいと思っているのだが、そう言えばあまり夢を語っていないかも。

これからは、恥ずかしがらずに夢を語ってゆくべきだな、ボク。

2007/10/10

亡国の理由。

No7コンプライアンスを徹底できない会社は、マスメディアに叩かれ、お客を逃し、場合によっては倒産や廃業にまで追い込まれてしまうが、これらの会社の経営者って、僕の知る限りでは大概イイ人との評価を得てる人たちなのだ。

「なんでこんなにイイ人の会社がこんなことをするのだろう?」と思うのだが、これってきっと、イイ人過ぎて是は是、非は非を徹底できなかったんじゃないかと思う。

韓非子の中に”亡国の理由”という章がある。

王さまが側近に「私の評判はどのようなものか?」と尋ねたので、側近は「王さまは慈悲深く恵み深い方だと聞いております」と答えました。

すると王さまは大いに喜び、「それなら、その効果はどういうことになるのか?」と尋ねると、側近は「王さまのご成果のゆきつくところは亡国でありましょう」と答えました。

王さまは驚いて「慈悲深く恵み深いのは立派な行為ではないか。それが亡国にゆきつくとはどういうことだ」と尋ねると、側近は「そもそも、慈悲深い人は同情心に厚く、恵み深い人は施しを好むものです。しかし、同情心に厚いと、過失がある者を罰せず、施しを好むと、功績がない者にも賞をあたえます。過失があっても罰せられず、功績がなくても賞を受けられるとなれば、やがて国が滅びるのは当然でありましょう」 と。

イイ人がイイ経営者になれるわけではないのである。

2007/10/04

過ちを改めざるこれを過ちという。

200702271316000先日、自分が『間違っている』と気付いているのに、もう引き下がれなくなって意地を張ってしまったことがあった…。

孔子の言葉に『過ちを改めざるこれを過ちという』というのがある。

孔子さん、あんたのその言葉、心に刺さって痛いよ…。

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