空気を壊す人より、空気を壊させる人がいる。
エンターテインメントやスポーツの現場では、空気を読まずに騒ぐ人間が、真っ先に目に入る。
だが、その存在が長く居座る理由は別にある。
それを止めず、むしろ肯定してしまう人間がいるからだ。
「盛り上げてくれてるだけ」
「悪気はない」
そんな軽い言葉は、一見寛容に聞こえる。
しかし実態は、線を引くことから逃げているだけだ。
騒ぐ人間は、注目を欲しがっている。
そして持ち上げる側は、波風を立てたくない。
この二つが噛み合った瞬間、場の秩序はゆっくりと壊れていく。
本気で舞台に立つ人や、集中を共有したい観客は声を荒げない。
だからこそ、彼らの不快感は可視化されない。
気づいたときには、大切な人たちが静かに去ったあとだ。
文化は、無神経よりも、無責任な寛容によって壊される。


















































